カント「自分の頭で考えろ」…
カントは1784年、『啓蒙とは何か』という論文でこう書いた。「サペレ・アウデ(知る勇気を持て)。自分自身の悟性を使う勇気を持て。これが啓蒙の標語だ」と。
当時カントが批判していたのは、聖書や権威ある学者の言葉を疑わず丸呑みにする人々だった。自分で考えることをせず、誰かの答えに乗っかって生きる人間を「自ら招いた未成熟」と呼んだ。
では現代はどうか。
もっと深いところでその「未成熟化」が起きている。自分が何を美しいと思うか、何に怒るべきか、何を悲しんでいいのか。そういう感情の解釈すら、バズった大衆のポストに教えてもらっている。「これは怒っていい案件」「これは泣いていい場面」。感情の正解をSNSで確認してから、自分の感情を決める。
カントが怖れた「未成熟」は、思考だけじゃなく、感情にまで侵食している。
権威への盲従から、アルゴリズムへの盲従へ。形が変わっただけで、カントが怖れた構造はそのまま令和に引き継がれている。
いや、むしろ悪化している。18世紀の人間は、少なくとも考えるための「沈黙の時間」を持っていた。令和の人間のスマホには、その沈黙すら存在しない。通知が来るたびに思考が中断され、バズった意見が脳内を上書きしていく。
カントはこうも言った。「怠惰と臆病が、人間を永遠に未成年のままにする」と。
自分の頭で考えることは、才能じゃない。習慣だ。そしてその習慣は、スマホを置いて本を開く、たったそれだけの静かな行動から始まる。
あなたは今日、自分の頭で何かを考えたか。
哲学者を一言で表すなら…
・カント「自分の頭で考えろ」
・ニーチェ「群れに従うな」
・ショーペンハウアー「孤独を愛せ」
・ハイデガー「死を意識しろ」
・サルトル「自由から逃げるな」
あなたが一番刺さった哲学者、誰ですか。